<バチカン>カネと権力めぐるスキャンダルで激震
毎日新聞 6月3日(日)11時42分配信
【ジュネーブ伊藤智永】ローマ法王庁(バチカン)がカネと権力を巡るスキャンダルで激震している。5月24日、法王庁の財産管理組織「宗教事業協会」(バチカン銀行)のゴティテデスキ総裁が「不適切な業務の遂行」を理由に突然解任された。翌25日には法王ベネディクト16世の執事の一人が、法王宛ての私信や大量の機密文書を、バチカン内の自宅宿舎に隠し持っていた容疑で逮捕された。イタリアのメディアは「バチリークス」(バチカン機密漏えい)事件と呼んで大騒ぎだ。
発端は1月。法王庁のナンバー2だったカルロ・マリア・ビガーノ氏(現駐米大使)が法王宛ての私信でマネーロンダリング(資金洗浄)があった可能性を示唆していたと、バチカン通のジャーナリスト、ジアンルイジ・ヌッツィ氏がテレビで暴露。以来、さまざまな疑惑が報じられるようになった。
ヌッツィ氏は先月、他の汚職や腐敗、陰謀も明かす同様の私信や文書を基に暴露本を出版。激怒した法王庁は出版後の先月19日から本格的に捜査を開始した。
今のところ当局は、総裁解任と資金洗浄疑惑との関連性、執事の文書隠匿事件との関係を否定している。執事は拘束され、容疑の認否や動機などのコメントは明らかでない。それでもメディアは、法王庁がわずか1週間で予想外に大胆な「内部処分」を断行したと受け止め、他の疑惑への関心を強めている。暴露された文書の中には、有力枢機卿が中国を訪れた際、複数の密談相手に年内に法王が暗殺される可能性を伝えたり、85歳と高齢の法王はミラノ大司教への禅譲をもくろんでいるといった際どい権力闘争の内部事情が記されているからだ。
解任されたゴティテデスキ氏は、09年と10年の2度、マネーロンダリング疑惑でイタリア司法当局に捜査され、2300万ユーロ(約22億3000万円)の資産を押収された。地元メディアによると、「法王を困惑させたくないので、何も話さない。法王は私自身の身の潔白より大事だ」とだけ語ったという。
バチカン銀行は1978年から82年にかけて、マフィア絡みの不正や汚職が噴出。改革に乗り出したヨハネ・パウロ1世が在位33日で暗殺を疑われる急死を遂げ、資金洗浄先に使われて破綻した銀行の元頭取ら関係者が次々に暗殺されるなど世界的スキャンダルになったことがある。
バチカン文書流出、暴露された「聖なる」権力闘争
2012年06月04日 12:48 発信地:バチカン市国
【6月4日 AFP】ローマ法王庁(バチカン)の秘密文書がマスコミに大量流出した問題で専門家らは、法王庁でナンバー2の地位にある枢機卿の追放やローマ法王自身の交代を狙った策略だろうとみている。
1月に明るみに出た今回の文書流出事件は、「バチカン」と「リークス(漏えい)」を合わせた「バチリークス()」という造語で呼ばれている。さまざまな陰謀が渦巻くバチカン市国の国務長官(首相に相当)を務めるタルチジオ・ベルトーネ(Tarcisio Bertone)枢機卿の失脚を狙ったものとみられている。
伊紙イル・ファット・クオティディアーノ(Il Fatto Quotidiano)のバチカン専門記者マルコ・ポリティ(Marco Politi)氏がAFPに語ったところによると「流出した文書は、すべて何らかの形でベルトーネ枢機卿に関するもの」だった。同記者は「今回の流出は彼に打撃を与え、新しい国務長官に替えさせようとする動き」だとみている。バチカン内部にはベルトーネ枢機卿が権力を乱用し、カトリック教会の利益にならない行動を取っていると批判する声があるという。
流出した文書はローマ法王ベネディクト16世(Benedict XVI)のデスク上から直接持ち出されコピーされた私的文書。内部告発者の一掃に法王庁が動く中、イタリアのメディアでは策略はさらに深いものではないかという臆測が流れている。
■ベルトーネ枢機卿に批判の声
カトリック教会は近年、資金洗浄から聖職者による未成年への性的虐待までさまざまなスキャンダルに見舞われている。そうしたスキャンダルに関する法王庁の対応に不満が広がる中、独自に選んだ人物を未来の法王にしようと準備を始めた者たちがいるようだ。
伊紙レプブリカ(La Repubblica)によれば、複数の枢機卿から成るあるグループは、非常に野心的な目標を持ってすでに行動を始めている。まず国務長官職を手中に収め、それから自分たちが推す法王候補を伴って新法王を選出する会議「コンクラーベ」を押さえる筋書きだという。
ベルトーネ枢機卿はベネディクト16世の側近だが、教会内の一部で物議を醸している。特に宗教事業協会(バチカン銀行)の資金洗浄疑惑はバチカンの行政における不透明性とスキャンダルの象徴になっている。
流出文書によって税金問題や児童虐待疑惑、保守強硬派との交渉など数多くのバチカンの秘密に光が当たった。それらはどれも初めて耳にするものではなかったが、バチカン内の対立勢力間に根深い敵意が存在することが明らかになった。
おそらく汚職を取り締まるためにバチカン財政の清浄化を図ろうとしていた矢先に異動させられたカルロ・マリア・ビガノ(Carlo Maria Vigano)大司教とベルトーネ枢機卿の確執も明るみに出た。ビガノ大司教は法王に書簡を送り、利権や浪費、不正な財務を一掃しようとしたことを理由に罰さないで欲しいと懇願したがその甲斐なく異動させられた。
バチカンの内部事情に詳しい筋は、ベルトーネ枢機卿の決定に異議を唱えられるだけの強さが法王になかったのだと語る。
■浄化の過程で「革命」起きるリスクも
イタリア人神学者ヴィト・マンキューソ(Vito Mancuso)氏は5月下旬、報道陣にこう語った。「漏えい文書はベルトーレに向けられた銃弾だ。彼ら(文書を流出させた人たち)はベルトーレを沈没させたがっている。彼を辞めさせたがっているのだ」
さらなる文書漏えいを食い止めるためにバチカンは素早く動き、内部文書を保持していたとしてベネディクト16世の秘書、パオロ・ガブリエレ(Paolo Gabriele)補佐官を逮捕した。現在この他に法王の身辺で働いている多くの人物が取り調べられているとされる。
今回メディアへ漏えい文書を提供した内部告発者は約20人いるとされ、うち少なくとも2人はすでに匿名で発言している。これまでに受けたダメージを法王庁が回復できるかどうかは定かではない。
バチカンに詳しいブルーノ・バルトローニ(Bruno Bartoloni)氏は、劣悪な統治と腐敗に悩まされ続けているバチカンの多くの関係者は今回の「バチリークス」で我慢の限界を超えたと語る。
「影響は重大で、枢機卿たちの間に不安と憤慨をもたらすだろう」とバルトローニ氏は言う。「彼らは真剣に浄化のできる人物を探そうとするだろう。ただし、浄化の過程の中で革命が始まるリスクを彼らは犯すことにもなる」(c)AFP/Ella Ide