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2012/03/10

津波が宮城県南三陸町の防災対策庁舎を襲ったときの状況が明らかに

津波 庁舎襲った状況明らかに
3月10日 19時35分
東日本大震災で、宮城県南三陸町には3階建ての防災対策庁舎を上回る巨大な津波が押し寄せ、屋上に避難した職員など40人以上が犠牲になりました。津波が町の庁舎を襲ったときの状況が、関係者への取材で初めて明らかになりました。



宮城県南三陸町では、震災が発生した去年3月11日、町の職員や住民などが役場に隣接する3階建ての防災対策庁舎の屋上に避難したあと、津波の犠牲になりました。

震災発生から11日で1年になるのを前に、津波が町の庁舎を襲った時の状況が、関係者への取材で初めて明らかになりました。

関係者によりますと、庁舎の屋上に避難したのは、町の職員や住民など合わせて52人で、アンテナの鉄塔の周辺や海とは反対側のフェンス沿い、それに一段高いところにあった非常階段付近の主に3つの場所に集まりました。

NHKは、津波が庁舎を襲う直前に町の職員が屋上で撮影した写真を入手しました。

写真では津波が刻一刻と迫るなか、十数人の職員や住民が屋上のアンテナの周辺に集まっている様子が捉えられています。

職員は、3階建ての庁舎の屋上でひざまで水につかりながら、住民を守るように円陣を組み、必死で支え合っていました。

この写真が撮影された直後、12メートルを超える巨大な津波が庁舎を襲い、屋上のフェンスが外れて、42人が流されました。

このうち、1人は別の建物に流れ着いて助かりましたが、41人が犠牲になりました。
津波が去ったあと、屋上に残っていたのは、非常階段にしがみついて助かった職員などわずか10人でした。

津波に詳しい東北大学大学院の今村文彦教授は「これまでは、建物の屋上のフェンスなどは、耐震性や津波に対する強度はあまり考慮されていなかった。強いフェンスなどがあれば、津波にのみ込まれても踏みとどまることができる。今回の津波を教訓に、津波が来ても何とかしがみつくことができる設備の検討などが必要ではないか」と指摘しています。

 http://www3.nhk.or.jp/news/html/20120310/k10013629981000.html