ページ

2012/03/06

南三陸町長を告訴=同町職員遺族

犠牲職員の遺族が町長告訴=業務上過失致死容疑-宮城・南三陸
 東日本大震災の津波で宮城県南三陸町の防災対策庁舎にいた同町職員らが犠牲になったのは、佐藤仁町長(60)の対応に問題があったためだとして、町職員の遺族が6日、同町長について業務上過失致死容疑での告訴状を県警南三陸署に提出した。同署は、内容を精査した上で受理するかどうか検討するとしている。
 同町によると、昨年3月11日、町は防災対策庁舎に災害対策本部を設置。その後、3階建ての屋上まで津波が押し寄せ、同町職員ら約40人が死亡した。(2012/03/06-13:34)

 http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2012030600477



南三陸町長の告訴状提出 津波犠牲の職員遺族
2012.3.6 18:36
 東日本大震災の津波で南三陸町の防災対策庁舎にいた41人が犠牲になったのは、佐藤仁町長が高台に避難させなかったためだとして、町職員2人の遺族が6日、業務上過失致死容疑で南三陸署に告訴状を提出した。同署は「資料を精査して、受理するかどうか検討する」としている。

 告訴状によると、佐藤町長は震災後、庁舎2階に災害対策本部を設置。大津波警報が発令されても、町職員らを庁舎内にとどまらせたとしている。

 一部遺族は殉職職員家族会として公開質問状を佐藤町長に提出。防災担当ではない一般職員を高台に避難させず庁舎に集めた経緯などの説明を求め、マニュアルの不備を指摘したが、町長は「想定外で判断ミスはない」と回答していたという。

 町総務課は「告訴状の内容を確認してから、対応を考えたい」とした。






南三陸町職員、助かったのはわずか10人…
 東日本大震災で宮城県南三陸町の防災対策庁舎にいた町職員ら41人が犠牲になったのは、佐藤仁町長(60)が高台へ避難させず、庁舎にとどまらせたのが原因として、町職員の2遺族が6日、佐藤町長に対する業務上過失致死罪の告訴状を宮城県警南三陸署に提出した。

 南三陸町役場の職員では、防災無線で町民に避難を呼びかけ続けていた遠藤未希さん=当時(24)=や、交際していた男性と「大津波きた!!」などとメールのやりとりをしていた三浦亜梨沙さん=当時(24)=も、災害対策庁舎内に残って津波の犠牲になった。遠藤さんは庁舎内に、三浦さんは屋上にいた。

 助かったのは、屋上に設置されたアンテナに上った佐藤町長や、手すりにつかまって津波を耐えることができた職員ら、わずか10人ほどだった。

(紙面から)







町長、生きていた!津波3波に耐えきった (2/2ページ)
2011.3.15 05:05
 東日本大震災の死者・行方不明者数が、日を追うごとに増え、絶望感ばかりが募るなか、行方が分からなかった町長が奇跡の生還を果たした。

 佐藤町長によると、11日の地震発生時、佐藤町長は町議会3月定例会の最終日の閉会のあいさつの最中だった。突然の横揺れが襲い、立っていることができず、議場にいた約40人は机の下に身を潜めたという。

 揺れがおさまり、町議らとともに総合防災庁舎に移動。津波が見えるとの連絡を受け、3階建ての屋上に上がった。防災庁舎は、1960年のチリ地震津波の被害を教訓にした鉄筋コンクリート性。災害時には、救助や被災者支援などの拠点となる施設だった。

 間もなく、津波が300メートルほど離れた高さ7メートルの防潮堤を超えて押し寄せるのが見えたという。

 津波の第1波は高さ約11メートルの庁舎をのみ込み、すべての壁と天井を打ち抜いた。屋上の金網に必死ですがりついた10人ほどの町職員らが、波が引くと金網ごといなくなった。佐藤町長の体は偶然、外の非常階段の手すりにぶつかって止まった。当初、屋上には30人ほどがいたが、残ったのは佐藤町長ら10人だけ。10人は高さ5メートルの2本のアンテナによじ登った。

 続く第2波、第3波はアンテナにしがみついて耐えた。10人の下を波が何度も行き交ったという。近くに住む職員の自宅2階から、その妻が流されていくのを佐藤町長と夫の職員とともにアンテナの上で見たという。

 11日夜は雪の中、アンテナの上で、10人が流れ着いた発泡スチロールや木くずなどを燃やして暖を取った。

 12日朝になって、庁舎に絡まっていた漁業用ロープを使って地上に下りた。避難所の同町スポーツ交流村に着いたのは昼前だったという。佐藤町長が避難所に姿を現すと、避難していた住民たちから「生きていたのか!」と驚かれたという。

 人口約1万8000人の南三陸町では依然、町民約1万人と連絡が取れない。また、14日までに同町で約1000遺体も発見されている。

 「拾った命。町民のため全力を尽くす」と佐藤町長。13日から公務に復帰し、災害対策本部を設置、陣頭指揮を執っている。14日の会見で「壊滅した地区も複数あり、米や毛布、水など支援物資の不足が著しい」と緊急支援の必要性を訴えた。