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2012/02/22

米NRC=福島第一原発事故後10日間の会議記録を公表

避難勧告で緊迫、情報不足不満も=福島原発事故後の記録公表-米NRC
【ワシントン時事】米原子力規制委員会(NRC)は21日、米情報公開法に基づき、昨年3月の東京電力福島第1原発事故後の会議記録を公表した。米政府が発令した事故現場の半径50マイル(約80キロ)圏内からの米国民への避難勧告をめぐる緊迫したやりとりを記載。

情報不足にいら立つ中で同原発4号機の使用済み核燃料プールの損傷などを理由に、日本政府が設定した20キロ圏内よりも広範囲の避難勧告を決めたことが分かった。

 公表された資料には、東日本大震災が発生した昨年3月11日から10日間、NRC内部で行われた会議での委員やスタッフの発言が記録されており、全体で3000ページを超える。

 それによると、NRCは事故翌日から、ルース駐日米大使からの照会などを受けて避難勧告の範囲を検討。当初は太平洋側に吹いていた風向きが東京方面へと変わったことや同原発で火災や水素爆発が発生したことで危機感を強めた。

 特に水素爆発で建屋が激しく損傷した4号機の使用済み核燃料プールに「(冷却用の)水がない」などの情報に基づき、16日にNRCのボーチャード運営総局長が「米国で発生していれば50マイル圏外に避難するだろう」と指摘、ヤツコ委員長も了承した。その後の日本側の調査では同プールには当時、水があったことが判明している。(2012/02/22-13:01)

 http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&rel=j7&k=2012022200458




福島第1原発事故直後の10日間―米原子力規制委員会が開いた電話会議
2012年 2月 22日 9:51 JST




いら立つ様子も…原発事故直後の電話記録公開(02/22 14:55)

 東日本大震災からまもなく1年を迎えるにあたり、アメリカのNRC=原子力規制委員会は、東京に派遣した職員との当時の電話のやり取りを公開しました。

 米原子力規制委員会のスタッフ:「国際原子力機関によると、地震で福島と宮城の原発で電源喪失が起きた。予備の電源も止まっていて、冷却装置が稼働していない」

 21日に公開されたのは、福島第一原発の事故発生から1週間ほどの電話応答記録です。非公開の部分もありますが、NRCのスタッフたちが日本からの情報の少なさや具体的な支援要請がなかなか来ないことにいら立ちを募らせる様子などが生々しく伝わってきます。また、事故発生後にアメリカ軍の担当者が東京電力の福島原発担当者と直接話していたことも明らかになりました。アメリカの避難勧告が原発から80キロ圏内だった理由については、当時、4号機の使用済み核燃料プールの水がなくなっている恐れがあると判断していたためと説明しています。






福島原発事故後の記録を公表、情報収集に苦心 米原子力規制委
2012.02.22 Wed posted at: 19:02 JST

ワシントン(CNN) 米原子力規制委員会(NRC)は21日、福島第一原子力発電所の事故発生を受け、メリーランド州の指令センターで交わされた会話や通話の記録を公表した。情報収集に苦心する様子が浮き彫りとなっている。

約3000ページに及ぶ記録が、情報公開法に基づいて公表された。NRCのヤツコ委員長は会見で「最初の1~2日間は非常にあわただしかった」と説明。「十分な情報がなかった。情報源は日本や国際原子力機関(IAEA)のほか、報道機関が大きな割合を占めていた」と振り返った。

記録からは、在日米国人への影響や米本土へ放射性物質が飛来する危険性、米国内の原発との類似性などについて、情報収集に努めるスタッフの姿が浮かび上がる。ヤツコ委員長は「これは非常に重要な史料となる。NRCスタッフの仕事ぶりを大変誇らしく思う」と話した。

当局者らは「事前の訓練では、数カ月間にわたり24時間態勢での対応を迫られる事態に十分な備えができていなかった」「各州当局との連絡が不十分だった」などの反省点も指摘した。





米当局 メルトダウン想定して対応
2月22日 19時30分
アメリカ原子力規制委員会は、東京電力福島第一原子力発電所の事故発生直後の委員会内部のやり取りを記録した議事録を公表しました。この中では、アメリカ当局が、事故発生から5日後には、最悪の事態を想定すると1号機から3号機までの3つの原子炉がすべてメルトダウンする可能性もあるとして、日本政府が付近の住民に出した避難・屋内退避指示よりも広い範囲の勧告を行うよう提起していたことが分かりました。

アメリカ原子力規制委員会は、21日、東日本大震災が発生した去年3月11日から10日間にわたる、委員会内部の電話などによる緊急会議のやり取りを記した3000ページ以上にわたる議事録を公表しました。

それによりますと、事故発生から2日後のアメリカ東部時間12日には、福島第一原発の敷地内の周辺でセシウムなどが検出されたことが分かったことから、少なくとも原子炉内部で部分的な炉心損傷が起きている可能性があるなどとして、発電所から半径50マイル=およそ80キロ圏内に避難勧告を出すべきはないかと、幹部が原子力委員会に対して進言していたことが分かりました。

さらに、16日には、原子力規制委員会のヤツコ委員長が、最悪の事態を想定すると、1号機から3号機までの3つの原子炉がすべてメルトダウンする可能性もあると指摘し、また、ボーチャード事務局長が、「同じ事態がアメリカ国内で発生すれば、原発から50マイル以内には避難勧告を出すのが妥当だと思われる」と述べて、日本政府が福島第一原発の付近の住民に出した半径20キロ圏内の避難指示、20キロから30キロ圏の屋内退避指示よりも広い範囲の勧告を行うよう、委員会に提起していたことが分かりました。

今回、公表された議事録は、アメリカの規制当局が福島第一原発の事故を受けてどのような初動対応を行ったかを示す資料だけに、関心を集めるものとみられます。


錯そうする情報
今回公開された議事録からは、事故直後の情報の錯そうぶりも伝わってきます。3月16日の早い段階では、東京で対応に当たっている専門家チームのメンバーが、「東京電力から、4号機の使用済み燃料プールに水が残っていないとの情報を得た」として、とにかく注水を急ぐべきだとしています。しかし、ヤツコ委員長らが、50マイル圏内の避難勧告を出すと決めたあと、同じ日の遅い時間になって、「東京電力は、燃料プールに水が残っていないとは言っていない」という情報がもたらされ、委員長が、正確な情報を改めてスタッフにただす様子もうかがえます。

専門家チームのカスト代表は、「東京電力が扱うには、あまりに問題が大きすぎる」と漏らし、日本側との間で、情報が錯そうしていたことをうかがわせています。


議事録とは
公開された議事録は、原子力の安全規制を担当する原子力規制委員会が、アメリカとして、東京電力福島第一原子力発電所の事故への対応を検討するために開いた電話会議などの内容を記録したものです。議事録は、アメリカの情報公開法に基づいて公開され、事故が発生した3月11日から20日までの10日分、合わせて3200ページ余りに上ります。

議事録には、原子力規制委員会のトップであるヤツコ委員長と、日本に派遣されていた担当者などとの間で交わされたやり取りが詳細に記され、日本側から得られた福島第一原発に関する情報などを基に、委員会が日本に滞在するアメリカ人の避難などを検討していった様子がうかがえます。一方、議事録では、日本にいる担当者と当時の北澤防衛大臣ら防衛省幹部とのやり取りを記した部分など一部が黒く塗りつぶされ公開されていません。非公開の理由について、委員会側は、「外国からもたらされた情報で機密に当たる」と説明しています。

 http://www3.nhk.or.jp/news/html/20120222/t10013199921000.html


















日本の原発事故で米の情報に混乱=NRC文書
2012年 2月 22日 9:47 JST
 【ワシントン】日本の昨年の原子力発電所事故の数日後、米国は原発から50マイル(80キロメートル)圏内という、日本の設定を大きく上回る範囲からの米国人の避難を命じて、世界を驚かせた。これが同盟国の日本に恐怖と混乱の種をまいた。

 原発事故からほぼ1年たった現在、米国当局者のやりとりの模様の記録が公表され、どのようにして、使用済み燃料棒がむき出しになっているかどうかに関する少なくとも部分的に不完全な情報に基づいてこうした措置が取られたのかを、これまでになく明確に示した。

 ウォール・ストリート・ジャーナルとその他の組織が情報公開法に基づいて請求したこの文書は、米原子力規制委員会(NRC)オペレーションセンター(メリーランド州ロックビル)からの、福島第1原発事故発生後10日間の関係者のやりとりを記録している。

 それによると、米国の原子力当局者は7000マイル以上離れた所で起きた危機の重大さを把握するのに苦闘し、日本側からの情報の欠如に不満を漏らし、一部のケースでは放射能リスクを評価するために独自の情報を使おうとした。

 NRCは日本が認める数カ月前に、福島第1原発は3重のメルトダウンに見舞われる可能性があることを正しく予測していた。

 しかし、避難範囲に関するやりとり―おそらくは差し迫った危機への対応におけるNRCの最も重要な役割―は、ヤツコ委員長が事故発生第1週に「戦場の霧」と呼んだところのものを示している。

 NRC当局者は当初から状況を重大に受け止め、3月12日には50マイル圏内からの避難が必要かどうか、また折に触れて、日本全体からの「全般的避難」が正当であるかどうかについても話し合った。

 NRCのボーチャード運営部長は同16日、ヤツコ委員長に対して、「これが米国での事故なら、50マイル圏内から避難する」と述べた。同委員長は、米当局者が使用済み核燃料棒を貯蔵している4号機のプールには水がなくなっていると信じていたことから、このアドバイスを受け入れた。燃料棒から放射性物質が出ないようにするには水が必要なことから、このままでは大量の放射性物質が大気中に排出される公算が大きいことになる。

 4号機は同15日に爆発した。日本にいたNRCのジョン・モニンガー氏は「この爆発でプールの壁や構造物は破壊され、水は燃料棒の底部にまで下がった。よってプールには水がなくなった」とNRCのスタッフに伝え、これがヤツコ氏に伝達された。

 ヤツコ氏はこれを受けて16日、日本の避難範囲をはるかに上回る規模での避難を勧告すると米議会に通告した。この時日本では、12マイル圏内からの避難と18マイル圏内での屋内退避が呼び掛けられていた。

 この相反する避難範囲が日本で恐怖を引き起こした。これはヤツコ氏の議会証言よりも前に日本の当局者はプールには水があるとの結論に至っていたからだ。

 モニンガー氏は続いてNRCスタッフに対して、日本の当局者は「これらの壁が破壊されれば、放射能レベルは急激に高まると信じている」と伝えた。ヤツコ氏は自分の「信頼性」を心配して、議会証言の内容を撤回すべきかどうかNRCスタッフに尋ねた。

 同氏は日本におけるNRC代表団のトップ、チャック・カスト氏に、「では現在ではプールに水がないとは考えていないのか。私が聞いていることはそういうことなのか」と尋ねた。これに対してカスト氏は「昨日5時の時点ではプールにいくらかの水があったということになるだろう」と答えた。

 しかし、その直後にカスト氏は、プールには水がないと自分が納得したいくつかの新しい情報を報告。他のNRCスタッフに対して、「私はプールには水がないと一段と確信している。建物に大きな被害が出ている。職を賭してもいい」と述べた。これはヤツコ氏に伝達され、同氏は証言内容の撤回は不要と判断した。

 記録文書ではこの情報源は明記されていないが、米国は当時原発上空に無人偵察機を飛ばしていたことを明らかにしている。

 日本は数カ月後、写真やその他の分析からプールは「ほとんど無傷」だったとの判断を下した。東京電力は12月の報告で、使用済み燃料が水に満たされていたと述べている。

 ヤツコ氏は最近、この点を認めながらも、広範な避難を命じたのには他の理由もあると指摘した。日本はその後、原発から25マイル以上離れた一部地域も含めて避難範囲を拡大した。

 福島原発とは関係はないが、同氏のNRCでの評価はしばしば極端に分かれる。NRCの4人の委員は、同氏の怒りやすく専横的なスタイルは安全を追求するNRCの使命を脅かすと話している。これに対して同氏は、自分の管理スタイルには何ら問題はないと述べた。

記者: Peter Landers

http://jp.wsj.com/US/node_396777