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2011/08/15

【訃報】 正力亨氏が死去

読売新聞グループ本社社主、正力亨氏が死去
 読売新聞グループ本社社主で読売巨人軍名誉オーナー、日本テレビ放送網名誉顧問の正力亨(しょうりきとおる)氏が15日午前5時5分、敗血症のため東京都内の病院で死去した。

 92歳。通夜、告別式は近親者で行う。遺族は弔問、弔電、香典、供物、供花一切を辞退するとしている。後日、お別れの会が開かれる予定。

 先代社主・故正力松太郎氏の長男。慶応大学を卒業、王子製紙に入社した後、海軍経理学校を経て応召。海軍主計大尉で終戦を迎え、その後、1956年に読売新聞社事業本部嘱託、60年に取締役となった。64年に巨人軍オーナーに就任。65年からのV9(9年連続日本一)時代を含め、96年までオーナーを務めた。

 一方、68年から70年まで日本テレビ放送網の取締役副社長を務め、70年から読売新聞社の取締役社主となったが、今年6月、読売新聞グループ本社、読売巨人軍、日本テレビ放送網の取締役をいずれも退任した。

(2011年8月15日12時00分 読売新聞)




訃報:正力亨さん92歳=読売新聞グループ本社社主
2011年8月15日 11時24分 更新:8月15日 12時7分
 プロ野球・巨人の名誉オーナーで読売新聞グループ本社社主の正力亨(しょうりき・とおる)さんが15日午前、敗血症のため東京都内の病院で死去した。92歳。葬儀は近親者のみで行い、後日「お別れの会」を開く。

 元読売新聞社社主の故・正力松太郎氏の長男。1918(大正7)年に東京都で生まれた。慶大を卒業後、王子製紙に入社。その後、海軍経理学校を経て44年に海軍主計大尉となった。戦後は王子製紙、湘南振興を経て60年に読売新聞社取締役となり、63年に報知新聞社社長、68年には日本テレビ副社長に就任するなど、読売新聞社グループ各社の要職を歴任した。

 64年から巨人軍のオーナーに就任。在任中は長嶋茂雄、王貞治両選手の「ONコンビ」の全盛期とも重なり、チームは65年から73年までの9年連続日本一(V9)を含む18度のリーグ優勝、12度の日本一に輝いた。96年12月に名誉オーナーに退くまで、長年にわたってプロ野球界に尽力した。