◇「煎じて飲むときは濃度低い」 消費者団体は緩和に懸念
神奈川や茨城産の茶葉から暫定規制値を超える放射性セシウムが検出された問題で、規制値のあり方を巡り、産地と厚生労働省が対立している。茶葉に湯を注いでお茶にすると、セシウムが規制値以下になることが確認されたのに、茶葉の規制値が高いままだと出荷できない。産地側は「現状の規制だと産地は全滅する」と国に規制の見直しを迫っている。
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神奈川県南足柄市内の茶畑で収穫された一番茶の生茶葉2品目から放射性セシウム(134と137の合計)が今月9日、検出された。濃度は1キログラムあたり550ベクレルと570ベクレル。茶にはどんな規制値をあてはめるべきか、迷った神奈川県が厚生労働省と農水省に聞いたところ、「肉・卵・魚・その他」の基準と一緒だとの答えだった。
「野菜、穀類、肉・卵・魚・その他」のセシウムの暫定規制値は1キログラム当たり500ベクレル。福島第1原発から250キロと遠く離れていても、規制値を上回る衝撃の事態がわかった。県内ではその後も、いくつかの茶畑から500ベクレルを超える生茶葉が見つかり、あちこちで出荷停止が続く。
県の苦悩はこれで収まらなかった。南足柄産の茶葉を高熱で蒸して乾燥させた荒茶(あらちゃ)を検査したところ、約3000ベクレルの放射性セシウムが検出されたからだ。生茶葉を乾燥させて荒茶にするとセシウムが5倍以上に濃縮される。店に並ぶ煎茶は、荒茶をさらに加熱・整形するため、セシウムはさらに多くなる。
神奈川県は当初、荒茶や煎茶は生茶葉とは別扱いと考えていたが、16日、厚生労働省基準審査課は「流通するお茶はどれも一律に500ベクレルが適用される」との見解を示した。そうなると、生の茶葉が500ベクレル以下でも、荒茶や煎茶になると濃縮されて500ベクレルを超えるケースが続出する恐れが出てくる。
同県農業振興課は「茶メーカーが煎茶を作るときは、いろいろな畑の茶を混ぜて作るので、荒茶や煎茶に500ベクレルが適用されると原料の茶がすべて出荷停止になり、茶を作れなくなる」と窮状を訴える。
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事態をもっと深刻に受け止めているのが、茶の一大産地の静岡県だ。同県が今月12日、富士市、沼津市、伊豆市の3市の生茶葉を検査したところ、約44~98ベクレルのセシウムが検出された。規制値以下だったが、荒茶や煎茶だと5倍以上に濃縮されることが予想され、出荷停止が起きる可能性は高い。
この茶葉を使ったお茶には、どの程度セシウムが溶け出すのか。静岡県は茶葉を煎茶に加工して、熱い湯に溶け出したセシウムを測った。濃度は約4~9ベクレルと生茶の約10分の1~20分の1に減った。茨城県も同様の試験をすると、湯に溶け出てくるセシウムは生の茶葉の約20分の1~300分の1だった。
こうしたことから、静岡県茶業農産課は「荒茶や煎茶の段階で500ベクレルを超えていても、実際に茶を煎じて飲むときには、数十分の1に減っている。飲む場合は、水と同じなので、水の規制値以下になっていれば、健康に影響はないはずだ」と主張。このままでは茶の生産がストップするとして17日、厚生労働省に抗議した。
お茶を飲んで、仮に毎日20ベクレルのセシウムを1年間取り続けても、約0・1ミリシーベルトにしかならず、健康への影響の目安とされる年間5ミリシーベルトよりはるかに少ない。
高橋知之・京都大学原子炉実験所准教授は「仮に500ベクレルのセシウムが含まれる煎茶が容器に入った状態で台所に置いてあっても、人の健康に影響を及ぼすことはない。お茶を飲む程度なら、健康への影響はまず考えられない」と話す。
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例えば欧州連合(EU)は食品という項目で日本より緩い1250ベクレルを設定している。今後、日本では食品の形態ごとに別々の規制値をもうけることは可能なのか。
「お茶は飲むものなので、水や牛乳と同じように、水に溶けだす濃度が200ベクレル以下なのが分かれば、500ベクレルにこだわる理由はない。粉状の食べるお茶は別に規制値をもうければよい」。小澤邦寿・群馬県衛生環境研究所長はそう述べ、一律に規制したら茶の廃棄量が増えるだけだと主張する。
一方、阿南久・全国消費者団体連絡会事務局長は「湯に溶けだす濃度が数十分の1以下になり、健康に影響がないことは理解できる。ただ、お茶の葉が500ベクレル以上で流通することに不安感をもつ消費者はいるのでは」と消費者を納得させることが難しいと話す。
果たして今の規制値は現実的なのか。
厚生労働省監視安全課は「500ベクレル以下で規制すれば、湯で煎じて飲むときには明らかに500ベクレル以下になり、今後も安全が確保できる」と規制を緩める意向はない。
一方、厚労省から事前に荒茶の規制値を知らされなかった農林水産省生産流通振興課は「お茶を煎じて飲むときは、セシウムは相当に減っているのだから、逆に荒茶や煎茶の規制値は500ベクレル以上でもよいという考え方も成り立つ。茶葉も煎茶も一律500ベクレルなのは、どう見ても整合性がない」と話す。農水省は今後、科学的な数値を示して厚労省に反論してゆく方針だ。【小島正美】=次回は20日
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■生茶葉と飲用茶のセシウムの量
(1キログラムあたりベクレル)
残留量 湯に溶ける量
静岡県伊豆市の生茶葉 98→ 8.9
静岡県富士市の生茶葉 84→ 3.9
静岡県沼津市の生茶葉 44→ 4.6
茨城県大子町の生茶葉 570→30
茨城県境町の生茶葉 894→ 3
※生茶葉を煎茶にしたあと湯で浸出して測定した値。静岡、茨城県調べ。
毎日新聞 2011年5月18日 東京朝刊