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2011/03/31

飯舘村への避難勧告、枝野官房長官「直ちに避難指示を出す性質のものではない」

飯舘村「直ちに避難指示ではない」官房長官
2011年3月31日 12:57


 福島第一原子力発電所の事故を受け、IAEA(=国際原子力機関)が、現在は避難指示が出ていない福島・飯舘村の住民に「避難指示」を出す検討をするよう日本政府に勧告したことについて、枝野官房長官は31日午前の会見で、直ちに避難指示を出す性質のものではないとの認識を示した。

 IAEAは30日の会見で、飯舘村の地域内で福島第一原発から約40キロ離れた地点で採取した土壌から、「IAEAが住民を避難させる基準値」の2倍の放射性物質が検出されたと発表。日本政府に対し、住民への避難指示を検討するよう求めた。飯舘村では現在、一部地域に「屋内退避」指示が出ている。

 これについて、枝野官房長官は「今の時点で、健康被害の可能性というよりも、こうした状況が継続する、長期にわたるという場合の可能性について、しっかりと把握して対処していかなければならない。そういう性質のものだと認識している」と述べた。

 その上で、今後、飯舘村の住民に対して避難指示を出す可能性について、「人体に影響を及ぼす可能性のある長期間になれば、検討しなければならない。必要が生じた時には、タイミングが遅れることのないように万全を期したい」と述べ、放射線量のモニタリングを強化する方針を示した。





飯舘村の放射線、IAEA基準超す
2011年03月31日 13:11 発信地:宮城
【3月31日 AFP】(一部更新)国際原子力機関(IAEA)は30日、福島第1原子力発電所から40キロ離れた福島県飯舘村で測定された放射線レベルがIAEAの安全基準値を超えているとして、状況を再評価するよう日本政府に勧告した。

 政府は、原発から半径20キロ圏内に避難勧告、20~30キロ圏内に屋内退避勧告を出しており、飯舘村はこの外側にあたる。

 IAEAのデニス・フローリー(Denis Flory)事務次長はウィーン(Vienna)で会見し、「あくまでも初期的な評価」だとした上で、飯舘村で測定された放射線レベルは「IAEAの避難基準の1つを超えている」と述べた。また、日本政府に対し「注意深く状況を評価するよう」勧告した。日本政府は「既に評価中だと示唆してきた」という。

 一方でフローリー氏は、IAEAは国家に命令する権限を持っていないこともあり「避難指示圏の拡大を求めているわけではない」と強調した。

 枝野幸男(Yukio Edano)官房長官は31日の記者会見で、IAEAから勧告を受けたことを確認。避難地域の拡大について「ただちにそうした性質のものではない」との認識を示した上で、「長期的に健康に影響する可能性があれば、必要な対応をしたい」と述べた。

■急がれる対応、樹脂散布へ

 日本は現在、福島第1原発の危機を回避する上でジレンマに直面している。原子炉を冷却するには放水が不可欠だが、タービン建屋地下などには高濃度の放射能を含んだ水がたまり、海に流出する瀬戸際にある。そのため修理作業は中断し、環境には深刻な脅威を与えている。

 放射能の拡散を防ぐ応急処置としては、建屋が大きく破損した1、3、4号機にエアフィルター付きの特殊な布をかぶせる案や、タンカーを2号機に横付けして五輪競技用プール数杯分のたまり水を回収する案などが浮上している。

 31日以降、放射性物質の拡散を防ぐための合成樹脂を敷地内に散布する作業を開始する。最終的には、1.2ヘクタールの敷地内の3分の2に散布する予定だ。

 米国は、イラクとアフガニスタンの戦場で性能が立証済みのロボットを日本に貸し出した。これらのロボットは、高濃度の放射能のため人間が立ち入ることのできない原子炉建屋内でも、目的地への移動、撮影、がれきの除去が可能だ。(c)AFP/Shingo Ito







枝野長官、飯舘村への避難勧告には否定的
 IAEAが、高濃度の放射性物質が土壌から検出された福島県飯舘村の住民に対し、避難勧告を検討するよう促したことについて、31日午前、記者会見した枝野官房長官は、現状では健康被害が起きる状況ではないとして、「直ちにそういった(避難地域を拡大する)性質のものではない」と語った。

 その上で、「長期間になれば人体に蓄積をして影響を与える可能性があるので、検討しなければいけない」とし、広範な地域で大気や土壌の調査を詳細に行い、必要な時にタイミングが遅れないようにしたいと強調した。

 また、経済産業省原子力安全・保安院の西山英彦審議官は31日、「IAEAのデータは一つの指標に過ぎないが、(飯舘村の住民に避難を指示するかどうか)もう少し検討したい」と述べるにとどまった。同村には27日現在で約114人が残っている。

(2011年3月31日13時13分 読売新聞)