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2012/03/12

報告書によると、菅首相(当時)は「爆発してるじゃないですか! 爆発しないって言ったじゃないですか!」と怒鳴ったという

福島第1原発の爆発から1年 感情あらわにする菅前首相に官邸混乱
 当時の対応問われる

福島第1原発で最初の爆発が起きたのは、震災発生翌日の3月12日だった。
対策本部があった首相官邸の対応が、あらためて問われている。



2011年3月11日から首相官邸で開かれた、23回の原子力災害対策本部会議。

当然、とられてしかるべきの議事録がとられていなかったため、関係者の証言などをもとに、最近になり、ようやく議事概要が作られた。

議事概要は、会議1回あたり、A4用紙わずか3枚ほどで、全76枚となった。

そこから見えてきたのは、機能不全に陥った首相官邸、官僚機構、そして「独善的」と批判を浴びる当時の政府トップ・菅 直人首相(当時)の対応だった。

菅首相(当時)は2011年3月12日、「これから私は、ヘリコプターで、福島原子力発電所に出かけてまいります」と述べた。

福島第1原発1号機で水素爆発が起きる7時間余り前、菅首相(当時)は自ら、ヘリコプターで現地を訪れ、視察した。

最高指揮官が官邸を離れることに、枝野官房長官(当時)や海江田経産相(当時)ら、周囲は反対したが、それを振り切って、視察は行われたという。

民間の福島原発事故独立検証委員会が行った調査に、福山哲郎官房副長官(当時)は「総理が現実に、現場を見たいと言っている時に、なかなか止めにくいということはありました」と答えた。

当時、視察に反対しながらも、最終的には容認したという海江田経産相(当時)は、2月28日、「(当時の判断についてどう思うか?)それも、いろんなことが、これからも、明らかになってくると思います」と答えた。

なぜ、菅首相(当時)は、周囲の反対を押し切ってまで、視察を決行したのだろうか。

視察強行の4日後、連合の笹森元会長に対し、「僕はものすごく原子力に強いんだ。自分はくわしいから、ものすごい対応をしてきた」と豪語したとされる菅首相(当時)。

「原子力に強い」という自負が、現地に足を運ばせた一因なのか。

実は、視察に同行した原子力安全委員会の班目春樹委員長は2011年3月28日、国会で「総理が原子力について、少し勉強をしたいということで、わたしが同行したわけでございます」と答弁していた。

国家を揺るがす非常事態下にあって「少し勉強したい」。

この菅首相(当時)の行動については、原発事故の対応を遅らせたとの批判がわき起こった。

自民・礒崎陽輔議員は2011年3月29日、「斑目原子力安全委員長の答弁によると、ヘリコプターに乗る前に、『ちょっと勉強したい』と言ったと。何で、こんな、まだ災害の真っただ中の時に、あなたがヘリコプターに乗って、原発を視察しなくてはならなかったのか」と菅首相(当時)を追及した。

これに対し、菅首相(当時)は「どういう表現をしたか、私自身、そういう言葉を発した記憶は、必ずしもありませんけれど、少なくとも、状況を把握したいという意味で発言した。私が視察に行ったことによって、(対応が)遅延したという指摘は全くあたっていない」と答えていた。

菅首相(当時)が視察から戻った2011年3月12日正午すぎに行われた原子力災害対策本部会議。

その議事概要によると、菅首相(当時)は会議のあいさつで、「今朝6時から、自衛隊のヘリコプターで現地を視察した。まず、福島第1原子力発電所を訪れ、すでに10km圏の退避を行っているが、その対処法について、現地の責任者・行政のみなさんと話をした」と述べたという。
しかしこの時、福島第1原発では、悪夢へのカウントダウンが始まっていた。

3月12日午後3時36分、1号機が水素爆発を起こした。

この最初の爆発を、菅首相(当時)ら政府トップは、どのようにとらえていたのだろうか。

枝野官房長官(当時)は、爆発後の会見で「今、総理、経産相、そして、原子力の保安院。そして、原子力安全委員会、専門家を交えて、しっかりと情勢の把握・分析、そして対応に努めているところでございます」と述べ、冷静な対応を呼びかけた。

しかし、菅首相(当時)の様子は、冷静さとは真逆だったと、独立検証委員会の報告書は指摘している。

独立検証委員会の報告書によると、菅首相(当時)は「爆発してるじゃないですか! 爆発しないって言ったじゃないですか!」と怒鳴ったという。

直前まで「酸素がないから、水素爆発はしない」と説明していた班目委員長を、怒鳴りつけた菅首相(当時)。

こうした冷静さを欠いた感情的な態度が、周りを萎縮させたという。

当時、総務相としてその姿を目の当たりにした片山前総務相は11日、「怒鳴ってましたよ。わたしも数回、怒鳴られたことありますね。『誰がそんなこと言っているんだ!』って。一国の宰相に怒鳴られたらね、やっぱりシュンとしない方がおかしいですよ」と述べた。

政治アナリストの伊藤惇夫氏は、混乱するトップの対応が、事態をさらに悪化させたと指摘した。

伊藤氏は「(菅前首相は)非常に細かいところまで、全部自分で把握して、全部指示しないと、気が済まない人。こういう人は、大組織のトップに向いていないんですね。危機的状況に陥ったときに、一番冷静沈着にならなければいけないのに、トップが感情をあらわにしてしまう。それによって、混乱が起きるということはあるんですね」と語った。

また、民間の調査報告書によると、菅首相(当時)は当時、福島第1原発の事故で、代えのバッテリーが必要とされた際、「バッテリーの大きさは? 重さは?」などの確認に、首相自らが奔走したという。

このほかにも、班目委員長に対して、「基本的なことはわかっている。俺の質問にだけ答えろ」と、声を荒らげて一喝するなど、菅氏の強い自己主張が、関係者を萎縮させて、言うべきことを言わせなかったなどという影響があったとしている。

(03/12 18:40)