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2011/06/10

「小児甲状腺がんの発症が予想される」ことから福島県と近県で「疫学調査が必須」 被ばく者手帳の発給やメンタルケア対策を

初動ミスで住民に余分な被ばく 助言チーム報告書判明
(2011年6月10日午後7時52分)
 東京電力福島第1原発事故で、政府の対応を批判して4月末に内閣官房参与を辞任した小佐古敏荘東大教授(放射線安全学)が、辞任直前に菅直人首相に報告書を提出し、「不適切な初動」で放射性物質の拡散予測結果が十分に活用されず、住民に「余分な被ばく」を与えたと指摘していたことが10日、分かった。

 小佐古氏は報告書で首相官邸の指導力不足や原子力安全委員会の機能不全を挙げ初動を批判。「小児甲状腺がんの発症が予想される」ことから福島県と近県で「疫学調査が必須」としている。今後の検討事項として、被ばく者手帳の発給やメンタルケア対策を挙げた。

 報告書は非公式な「助言チーム」の活動をまとめた記録。政府内で事故収拾に携わった当事者が政府対応の問題点を分析しており、今後の事故検証で注目されそうだ。

 共同通信が入手した報告書「震災後、1カ月余の活動と今後に向けての提言」は小佐古氏が参与辞任を表明する2日前の4月27日付。それによると、3月16日に菅首相から参与に任じられた小佐古氏は、事故収束や公衆被ばくの対策が「講じられていなかった」ことから、政府内の専門家や与党議員らと「助言チーム」を同日立ち上げた。






小佐古教授の報告書要旨

(2011年6月10日午後7時49分)
 内閣官房参与だった小佐古敏荘東大教授の報告書「震災後、1カ月余の活動と今後に向けての提言」(4月27日付)の要旨は次の通り。

 一、急を要する問題が多く、プラント収束および公衆被ばく・住民広報の対策が講じられていなかったことから、3月16日、原子力災害対策本部支援のため「助言チーム(座長・空本誠喜衆院議員)」を立ち上げた。

 一、チームは近藤駿介原子力委員長、小佐古参与、空本議員らが中心。

 一、チームは官邸了解の私的なものだが、経済産業省原子力安全・保安院や文部科学省とも意見交換し「提言」を逐次迅速に提出した。迅速な検討実施を望む。

 一、原子力安全委員会からの協力をほとんどいただけなかったことは誠に残念。

 一、原子力安全委の適切な助言に基づく官邸の強いリーダーシップと適切な判断が必要だが、残念なことに、これがなされてこなかった。

 一、早期の段階でのチームからの提言は、迅速かつ有効に活用されなかったものが多かった。

 一、文科省、原子力安全委の不適切な初動により、緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム(SPEEDI)の運用による放射性物質の拡散予測結果の活用が十分にされず、余分な被ばくを住民に与えるなどの事態を招いている。

 一、安定ヨウ素剤の服用など初期の防護措置にも、拡散予測結果が十分に活用されなかった。

 一、30キロ以遠でも大きな線量の出ている人たちがいるので、きちんと評価する必要がある。

 一、小児甲状腺がんの発症が予測されるので福島県と近県の疫学調査が必須。

 一、(今後想定すべき事項は)被ばく者手帳発給の検討、メンタルケアの対応。







政府の機能不全、裏チームが補う 
【解説】福島第1原発事故の政府対応を批判して内閣官房参与を辞任した小佐古敏荘こさこ・としそう東大教授が作成した報告書からは、未曽有の有事に直面しながら常設の専門家組織が適切な助言を行えず、政権中枢も指導力を発揮できなかった初動の不手際の根源が浮かび上がる。

 小佐古氏は初期段階に公衆被ばく防止や原子炉制御など「急を要する問題」(報告書)について「対策が講じられていなかった」事態を重大視。参与に就任した3月16日には裏の専門家組織である「助言チーム」を立ち上げ、政府内の機能不全ぶりを補完していった。

 活動実態がほとんど明らかになっていなかった同チームには、与党議員や原子力委員会幹部も参加。報告書からは、事故対応を取り仕切る細野豪志首相補佐官とも緊密な連携を図りながら(1)原子炉の冷温停止(2)環境モニタリング(3)被ばく防護対策(4)住民などへの的確な情報伝達―の各分野で、包括的な提言をしていたことが分かる。

 放射線防護の第一人者である小佐古氏が特に問題にしたのは、大量の放射性物質が放出された初期段階で、緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム(SPEEDI)の結果が公表されなかったことだ。

 政府は同システムを当初活用しなかった理由を「事故時の放出源情報を得られなかったため」(国際原子力機関=IAEAへの政府報告書)としているが、「公表によるパニックの回避を優先した」との見方が政府内にもある。

 助言チームが私的組織で法的な裏付けがないとの問題点も残るが、その存在自体が有事に必要な専門的知見を当初動員できなかった事故の教訓を示している。