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2011/05/15

政治の風向きで揺れ動く賠償支援。

負担めぐり 攻防1ヵ月 東電・官邸・財務省・銀行 「免責」「財政」絡み合う思惑
 東電賠償支援政府案
 東京電力福島第1原発事故の賠償支援の政府案は、東電の破綻回避を最優先し、新機構によって公的資金を投入できる形をつくって決着した。東電、官邸、財務省、銀行などの思惑が絡み、約1カ月にわたって迷走した協議の舞台裏を追った。
 


 「浜岡のこともあるし、きょう決めなくてもいい」。賠償支援策をめぐる12日夕の閣僚会議。玄葉光一郎国家戦略担当相(民主党政調会長)が決定の先送りを求めた。
 
 これに先立つ民主党の作業部会では、新機構設立を軸とする政府案への異論が噴出。菅直人首相に近い荒井聡座長は一任を取り付けられず、閣僚会議になだれ込んだ。
 
 首相が6日に表明した中部電力浜岡原発の全面停止を「事前に知らされず、根に持っていた」(政府関係者)とされる玄葉氏。浜岡原発への言及は5回にも及び、ほかの閣僚も折れた。
 
 ところが再開した民主党の部会で、約2時間後にあっさり了承。首相の求心力低下を世間にあらためて印象付けただけで終わった。政府案を練った財務省幹部は「最後まで政治の駆け引きに利用された」とぼやいた。
 
 福島第1原発の事故は、発生から2カ月あまりたったいまも収束のめどは立っていない。賠償額は数兆円に上ることが確実視されている。
 
 「官房長官は記者会見で、『東電は免責に当たらない』と言ったが、誰が決めたのか」
 
 官邸で6日に開かれた閣僚会議では、与謝野馨経済財政担当相が枝野幸男官房長官にかみついた。日本原子力発電(東京)に勤務した経験を持つ与謝野氏は、東電の賠償負担に上限を設定し、それを上回る賠償は国が責任を持つべきだというのが持論だ。
 
 しかし枝野氏らの考えは違った。国が東電の賠償を一部でも肩代わりすれば、「政府は東電に甘い」と批判を浴びるのは避けられない。
 
 「東電に安定した利益を毎年出させて、長期にわたって賠償を負担させなければ、電力の安定供給に不安が生じます」。経済産業省の松永和夫事務次官らは、賠償支援策の責任者である海江田万里経産相に、4月上旬から訴え続けた。
 

 ▼外資揺さぶり
 
 東電に融資する三井住友銀行など銀行団の協議では「年間1千億円で10年間。これ以上負担させれば、東電から人材が流出する」との意見が出ていた。銀行側は「1兆円上限論」を掲げて政府側との折衝に臨んだ。
 
 東電に過大な賠償責任を負わせ、もし法的整理に追い込んでしまえば、賠償にも支障が生じかねない。「賠償負担が数兆円に膨らめば、東電と国が折半せざるを得ない」。経産省は銀行団に押された。
 
 これに待ったをかけたのは財務省だ。「真水(税金)は入れない。東電の前に財政が破綻する」。経産省などとの交渉の前線に立った財務省幹部は、(1)東電は破綻させない(2)賠償責任はすべて東電が負う(3)真水は極力投入しない-との3原則を主張した。「生かさず、殺さず」。財務省側は東電支援の本質をこう考えていた。
 
 「東電の経営危機は金融市場を揺さぶります」。大型連休前、大手銀行幹部は東京都内のホテルで、民主党関係者に分厚い資料を示して、4兆8千億円もの社債を発行している東電が、市場の主要プレーヤーであることを強調した。
 
 このころ、欧州系の有力証券は、銀行側に「政府の支援姿勢が不明確なら、東電の社債はデフォルト(破綻企業)として扱う」と耳打ちしていた。
 
 「東電社債を大量保有している外資が脅しをかけてきた。それが分かっていても無視はできなかった」。銀行側と水面下で接触していた金融庁幹部はこう振り返る。
 
 連休が近づくと「小沢一郎氏に近い勢力が、賠償支援問題で政権批判に走りそうだ」との情報も飛び交い、海江田氏や首相周辺は決着を急ぎ始めた。
 
 ▼パワーゲーム
 
 賠償支援の政府案は、金融機関の破綻処理を手掛ける預金保険機構や、2003年に約2兆円を資本注入したりそなグループのケースがモデルになった。
 
 「原子力行政を誤ったのは間違いない。うちは被告人席にいる」。経産省幹部はこう漏らしていた。利害関係が入り組むパワーゲームを制したのは結局、財務省だった。
 
 5月の大型連休中、関係閣僚は支援策をめぐる協議に入った。東電の賠償に上限を設けないことは真っ先に確認された。「やっぱり一時国有化でいいんじゃないか」。枝野氏はこう発言した。しかし震災復興への予算対応に財務省の協力は欠かせない。閣僚会議では、国有化論は広がらなかった。
 
 新機構を軸とする政府案には、経営を監視する第三者委員会の設置が盛り込まれた。決定直前の協議で、その主導権は仙谷由人官房副長官に委ねる方向になった。
 
 仙谷氏は東電に対し「株主責任の明確化」を求めてきた。金融危機の際に大手行の責任を追及し続けた実績もある。
 
 「首相と枝野氏が、ぎくしゃくしている仙谷氏を引きつけるために新たな舞台を与えた」(民主党関係者)。閣僚の一人は第三者委を「GHQ(連合国軍総司令部)みたいな存在」と表現する。
 
 枝野氏も13日の記者会見で、東電に融資する銀行団に債権放棄を求め、攻勢を掛け始めた。政治の風向きで揺れ動く賠償支援。幕あいの動きが混迷を暗示している。








原発事故の賠償制度
 原発事故の被害者救済は、電力会社が責任を負うことが原子力損害賠償法で定められている。原発1カ所当たり1200億円までは国が支払い、それを上回る賠償金は電力会社が負担。賠償総額が巨額で、電力会社の支払い能力を超えることが想定される場合などは政府が援助できる。この規定に基づき、政府は福島第1原発事故の賠償支援の枠組みを決めた。賠償の対象や範囲の基準は、文部科学省の原子力損害賠償紛争審査会がまとめる指針で定める。
(2011年5月15日掲載)