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3月23日(ブルームバーグ):ビブハブ・ヌワル氏は排出権市場の熱心な支持者だった。インド生まれの32歳のバンカーは2009年9月、ムンバイのプライベートエクイティ(未公開株)ファンド、マネジング・エミッションズで欧州と日本の投資家を対象に排出権の開発を始めた。
同氏は1年もたたずにこの事業から手を引いた。温暖化ガス排出削減で国連が世界の合意を取りまとめられなかったことで、排出権市場の将来は事実上なくなったと判断したためだ。
同氏は企業がインド政府の新プログラムの下で再生可能エネルギー関連プロジェクトへの奨励金を手にするのを後押しする新事業を立ち上げた。排出削減についての世界的合意がない限り、企業はインドなど各国政府の奨励プログラムに資金を振り向ける可能性が高くなったと同氏は考えている。国連主導のプランの下で排出権を取引するのに比べ3倍の収益機会があるという。
米銀JPモルガン・チェースのバンカーだったヌワル氏は「排出権取引は難しくなるばかりだ。この分野の事業の相当な部分の資金がほかへ移るだろう」と語った。
同氏の決定は、最終的に193カ国と欧州連合(EU)の合意を得た14年前の京都議定書が修復不能なほど亀裂が入った状態になった可能性があることを改めて裏付けるものだろう。
京都議定書は温暖化ガス排出制限を導入し排出権市場の発展を促そうとしたが、米国と中国が方法と時期、削減量について対立する中で意味を失いつつある。
温暖化
世界の2大経済国が排出抑制をめぐる進展を阻む中で、世界の気温は昨年、過去最高だった05年に並び、カラチからリオデジャネイロまでを干ばつや洪水が襲った。
ドイツ銀行によると、現在の排出権価格は地球温暖化阻止の国連の目標を達成するために必要な額の半分未満だという。ヌワル氏が手掛けるような各国のプロジェクトの方が、排出削減を図るだけでなく、事業として成功を収める上で有効だというのが当局者と投資家の見方だ。
米カリフォルニア州サンディエゴの非営利ロビイスト団体トロピカル・フォレスト・グループのディレクター、ジョン・O・ナイルズ氏は「人々は『プランB(第2の案)』へと動きつつある」と述べた。
京都議定書の失敗で犠牲となった最新のケースでは、排出権取引の市場が21兆ドル(約1700兆円)規模の原油同様の商品市場に成長することに賭けた企業や個人が挙げられるだろう。
レーダー画像の点
今のところ、排出権市場の規模はレーダー画像の小さな点のようなものだ。ブルームバーグ・ニュースによれば、昨年の取引高は930億ユーロ(約10兆7000億円)だった。
ロンドンの人材あっせん会社ケネディ・アソシエーツのジェーソン・ケネディ最高経営責任者(CEO)は「私の知る限り、排出権事業に参入した人は全て失敗して市場を去った」と言う。「取引高も報酬も投資額も十分でない」と述べた。
ジュネーブを拠点とする国際排出量取引協会(IETA)は09年のコペンハーゲンでの第15回国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP15)以降、メンバー数が約16%減少した。
1997年12月、京都での11日間の協議の末に国連加盟国が、先進国の排出量を1990年の水準から5%減らすことで合意した時、このような失敗は予想されていなかった。
ゴア副大統領は絶賛
当時のアル・ゴア米副大統領は京都会議を受けて「地球温暖化への対応は長期的な課題だ。京都合意は重要な転換点だ」と語っていた。しかし、当時世界最大の排出国だった米国は議定書から離脱してしまった。
条約に排出権取引を盛り込むことを主張したクリントン米大統領(当時)は、条約の批准を議会に諮ることはなかった。上院で必要な67の賛成票を得られないと判断したためだ。次の大統領となるブッシュ氏も2000年の選挙運動中は排出権取引の考え方を支持したものの、就任後の翌年には姿勢を変えた。
オバマ現大統領は08年の選挙戦中に温暖化阻止を米国の優先課題にすると表明したが、その後の動きはない。
ソシエテ・ジェネラルと仏ローディアの排出権取引合弁事業、オルベオのアナリスト、エマニュエル・ファージズ氏は「これだけの年月の後に言えることは、米国には排出削減への強い文化的な抵抗があるということだ」として、「口実が何にせよ、どんな状況においても、米国は決して排出制限を法制化することはしない。できないからだ」と述べた。
更新日時: 2011/03/23 10:56 JST