◇「彼を支える多くの日本の友人がいた」
中国の近代化の出発点となった辛亥(しんがい)革命から今年で100年。菅直人首相は24日の施政方針演説で「革命を主導した孫文には、彼を支える多くの日本の友人がいた」と孫文と日本のつながりに触れ「幅広い分野での協力によって戦略的互恵関係を充実させる」と強調した。昨年9月の中国漁船衝突事件以降ギクシャクが続く日中関係の本格的な改善に向け、中国で評価の高い孫文との友好関係を活用したい狙いがある。【野口武則】
日中間では衝突事件後、閣僚級以上の相互訪問が国際会議を除きストップ。中国からは昨年5月に温家宝首相、11月のアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議で胡錦濤国家主席が来日しており、今年は菅首相が訪中する番だが、調整は難航している。
そこで首相が着目したのが「中国革命の父」と呼ばれる孫文。革命前にはたびたび来日し、在野の日本人から金銭面などの支援を得た故事が日中友好を働きかける材料になる--と、仙谷由人前官房長官が進言した。
昨年12月には、辛亥革命に参加して命を落とした山田良政の石碑(東京都台東区)を首相が視察する計画もあったが、中国の民主活動家、劉暁波(りゅうぎょうは)氏のノーベル平和賞授賞式を巡って中国が国際世論の批判を浴びた時期と重なったため、見送った。
孫文への言及には、急速な軍拡と海洋進出を進める中国の「覇権」志向をけん制する思惑もある。孫文は帝国主義の道を歩む当時の日本に「(力ずくの)覇道でなく(徳で従わせる)王道を」と呼びかけた。仙谷氏はこれを念頭に、昨年末のTBS「時事放談」で「王道を行くのが(辛亥革命の)基本。現代中国の指導部に、そういうコンセプトで関係を作ろう、と訴えたい」と語った。
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■ことば
◇孫文
中国近代の革命家(1866~1925年)。1911年の辛亥革命で清朝を倒し、共和制の中華民国を建国、初代臨時大統領に就任した。中国、台湾の双方で「国父」と敬われる。革命思想に共鳴した日本人実業家、梅屋庄吉らの支援を受けたほか、後に首相となる犬養毅や、頭山満、宮崎滔天らアジア主義者と交流があった。1924年に神戸で行った演説では、西洋列強の帝国主義に追随してアジア進出を図る日本に「西洋覇道の鷹犬(ようけん=手先)となるか、東洋王道の干城(かんじょう=守護者)となるか」と迫った。
毎日新聞 2011年1月25日 東京朝刊