2010年 4月 21日 19:14 JST
英国ケント州北海沖には、高さ約120メートルの流線型の白い風車群が海上からそびえ立っている。これは、世界で最も大胆不敵なグリーンエネルギー開発プロジェクトの1つの、ほんの幕開けを表すものにすぎない。
これら風力タービンは、今年後半に完成すれば、世界最大となることが見込まれているサネット洋上ウィンドファーム(大規模集中風力発電所)の一部を成すものだ。
だが、世界最大と言われるのも、ほんのわずかの期間だ。なぜなら、その数年後には、このウィンドファームを建設したスウェーデンの電力会社バッテンファルによる、さらに大型のエネルギー開発プロジェクトが控えているからだ。新プロジェクトでは、さらに沖合いの、さらに深海に、高さ約176メートルものタービン塔を設置することが計画されている。
ただし、1つだけ問題がある。バッテンファルには、そのタービン塔の建設方法が、まったく見当もつかないことだ。プロジェクトマネジャーのビガム・ニールセン氏は「これほど荒波の海での使用に耐えうる機器は、まだ存在しない」と述べる。
欧州各国は、風力エネルギーに大きな期待を寄せている。だが、たとえ郊外であっても多数の巨大な風力塔を建設できるだけの用地はほとんどないため、沖合いへの注目度が特に高まっている。
欧州風力エネルギー協会(EWEA)の推計によると、欧州の洋上風力発電能力は、現在の2000メガワットから、2020年までには少なくとも4万メガワットにまで増加しているという。これは、2500万世帯以上の電力を十分賄える容量だ。
英国は風力発電に最も力を入れている国の1つだ。政府の寛大な助成制度のおかげで、英国は既に世界で最も多くの洋上風力発電設備を建設している。その英国が次に計画しているのが、欧州で最も気象条件の厳しい洋上での超大型風力発電設備の建設だ。
英国のこうした熱心な取り組みの原動力となっているのが、欧州連合(EU)が義務付ける厳格な温室効果ガス(CO2)排出削減目標だ。英国では、この目標の達成には、再生可能エネルギーが全消費電力に占める割合を20年までに約30%にまで引き上げる必要がある。
また英国では、5年ごとにCO2排出量の上限を設定する「カーボンバジェット」制度を1年前に採用し、18年から22年までの間にCO2排出量を90年比で少なくとも34%削減するという目標も掲げている。
こうした洋上風力発電プロジェクトについては、非現実的だと一蹴(いっしゅう)する向きもある。巨額の助成金なくして、風力エネルギーの開発で採算を取るのは難しいためだ。
先述の英国の風力エネルギー開発プロジェクトの実施予算は、推計1500億ドル(約14兆円)といわれている。こうした巨額のコストは、結果的に電力料金に転嫁され、消費者から不満の声が上がるのではと懸念する向きもある。
このほかにも、英ケント州のプロジェクトから判断して、海中生物からの保護対策や設計ミスによるタービン塔の沈下まで、洋上風力発電にはさまざまな困難が待ち受けている。
「危険なのは、(EUが設定する)目標達成のために巨額の資金を投じたあげく、結局失敗に終わるといった事態になりかねないことだ」と語るのは、英ケンブリッジ大学で電力政策調査グループの責任者を務めるマイケル・ポリット氏だ。同氏は「最も良識的なのは、目標をあきらめることだ」と述べる。
だが英国は今のところ、目標にこだわっている。先行する2プロジェクトが稼働または建設段階を迎えるなか、英政府は1月、洋上風力発電開発の3つ目のライセンスを供与すると発表した。第3のプロジェクトでは、スコットランドのマレー湾から英国南部ワイト島にまで広がる、9つの巨大ウィンドファームの建設が計画されている。
英政府は、20年までに6000基を超える巨大な洋上風力タービンの設置を計画している。また、このプロジェクトにより、20年までに英国の全消費電力の3分の1を賄うことを計画している。
これについて、米タービンメーカー、クリッパー・ウィンドパワーの欧州責任者、デビッド・スティル氏は「世界中で実施されている再生可能エネルギー開発プロジェクトの中で、おそらく最も意欲的なプロジェクト」であるとし、「世界の風力発電関連会社にとって大きなビジネスチャンスになる」と話す。
世界の発電大手によるプロジェクトへの参入も相次いでいる。米複合企業ゼネラル・エレクトリック(GE)が、英国でのタービン工場の建設に1億1000万ユーロを投じることを発表しているほか(関連記事)、三菱重工も英国の風力タービン開発プロジェクトに約1億5400万ドルを投資することを計画している。また、クリッパーも英ニューキャッスル近郊の新工場で超大型タービンブレードを製造する予定だとしている。
だが、この第3のプロジェクトは、かなり無謀だ。バッテンファルが12億ドルを投じてケント州沖合いに建設したウィンドファームを含め、先行する2プロジェクトは、沿岸から4~5キロ沖の比較的浅瀬で行われている。
だが、3つ目のウィンドファーム建設予定地は、沿岸から300キロ近く沖合いの、水深30メートル近い場所だ。流れの激しい北海沖のはるかかなたに建設される風力発電設備は、10メートル近い荒波と時速96キロの風に耐えなければならない。そのような場所に風力塔を設置するのは至難の業だ。
風力塔の設置そのものもさることながら、設備の運搬に十分な大きさの船舶を手配するのも一苦労だ。総じて、洋上での超大型ウィンドファームの建設には、陸上の場合の3倍のコストがかかる可能性がある。
英オックスフォード大学でエネルギー政策を教えるディーター・ヘルム教授は「洋上風力発電は、短期的にCO2の排出量を削減するための方法としては、最もコストがかかる。このような事業にすべてを投じるのは経済的にばかげている」と話す。
ヘルム教授は、少なくとも短期的に英国のCO2排出量を減らせる最もコスト効果的な方法は、石炭発電を止め、CO2排出の少ない天然ガスによる発電に切り替えることだと述べる。
「4~5ギガワット分の石炭発電をガス発電に切り替えるだけで、建設に1000億ポンド程度かかる洋上発電設備と同程度のCO2排出を削減でき、しかも費用は50億~70億ポンド程度で済む」(ヘルム教授)
ヘルム教授は、第3プロジェクトの多くが日の目を見ることはないとみており、「企業はライセンスに基づいて開発権利を取得しているだけで、特定の日付までに開発することを義務付けられているわけではない。わたしは、彼らはある程度は着手するだろうが、無理はしないとみている」と述べる。
バッテンファルは、第3のライセンス供与で、東アングリア地方の風力開発の権利を与えられているが、プロジェクトを実施するか否かの最終決定はまだ行っていない。測量調査や各種許可の取得に資金を充ててはいるが、建設開始は15年以降になる予定だ。
ウィンドファーム推進派は、風力発電には巨額の先行投資が必要だが、一度建設してしまえば、石炭やガス発電プラントよりも運営コストは安いと主張する。資源となる風はタダで手に入るからだ。
洋上風力発電大手メインストリーム・リニューワブル・パワーのエディ・オコナー最高経営責任者(CEO)は「ガス資源は50年後には枯渇しているかもしれないが、風は無限にある」と話す。
http://jp.wsj.com/World/Europe/node_53466