春日電機特別背任:容疑で逮捕の元社長、成り上がり乗っ取り屋 「マネーゲーム」暴走
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「僕が『乗っ取り屋』なら、ビル・ゲイツもウォーレン・バフェットもみな同じ。再建のための企業買収ですよ」。元東証2部上場の産業用機械メーカー「春日電機」(旧本社・東京都三鷹市)を巡る会社法違反(特別背任)事件。元社長、篠原猛(たけし)容疑者(53)は逮捕前、毎日新聞の取材に世界長者番付でトップを競う米国の大富豪になぞらえて正当性を強調した。貧しい生活から成り上がり、マネーゲームを駆使して企業買収を重ね、「乗っ取り屋」と恐れられた篠原容疑者。今、創業60年以上の老舗企業を経営破綻させた責任を問われる。【川崎桂吾、前谷宏】
事の初めは08年6月27日、春日電機の株主総会。経営方針が了承されると思い込んでいた創業者一族は突然、退任に追い込まれた。ひそかに株を半数近く買い占めた容疑者側が篠原容疑者の社長就任を宣言したためだ。
春日電機は45年3月設立。東南アジアや欧州にも製品を輸出してきた。07年に仕手筋から狙われ、これを機に増資を実施。株式が市場に出回ったことにつけ込み、篠原容疑者らが敵対的買収を仕掛け、成功した。
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篠原容疑者は京都市出身。高校を卒業後に自衛隊に入るが、すぐに実業家を志し喫茶店経営に乗り出す。「貧しい家庭に育ち、とりあえずマンションと車が欲しかった」と振り返る。次は上場企業の社長を目標とした。
漬物店に串揚げ店、画商……。事業を起こしては潰し、99年にソフト開発「オックス情報」(現オックスホールディングス)を共同で設立して社長に就任した。事業は軌道に乗り、03年1月に大証ヘラクレス(現ジャスダック)に上場。同4月には都内に300平方メートルの土地を購入、3階建ての自宅を建てた。「親には4億円のマンションを買った。BMWの車も10台は持っている」。周囲にうれしそうに話していた。
実業とともに、20歳過ぎから株取引を行い、周囲から「無類の株好き」と評される一面もあった。念願の上場企業の社長になると、マネーゲームにのめり込み、企業買収を重ねるようになる。「ライブドアと争って専門紙を発行する新聞社を買収した」。企業買収で時代の寵児(ちょうじ)となった元ライブドア社長、堀江貴文被告(38)=証券取引法違反で1、2審実刑、上告中=に対抗心を見せ、周囲に得意げに語ったという。
06年に東証1部上場の機械製造会社「木村化工機」株を個人で22・33%を取得する買い占め劇で証券業界の注目を集める。買収は結局失敗するが、乗っ取り屋の異名が付いた。そして08年6月、春日電機を手中に収める。
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警視庁捜査2課によると、逮捕容疑は08年6~7月、事実上経営していたマーケティング会社「アインテスラ」に春日電機の資金5億5000万円を無担保で貸し付けたとしている。最初の融資の決定は社長就任わずか3日後で、捜査2課は「資産狙いの買収」とみる。実際、「研究開発」名目の貸付金は篠原容疑者の株取引の損害の穴埋めに使われた。篠原容疑者個人の銀行口座にも、直接送金されていたという。
結局、貸付金のうち3億8000万円が焦げ付いた。乗っ取り屋の悪評を嫌った金融機関に追加融資も断られ、経営責任を問われた篠原容疑者は08年12月に退任。役員だった佐藤将(まさる)容疑者(61)が後を継いだが経営は上向かず、09年6月、春日電機は経営破綻した。
篠原容疑者は毎日新聞の取材に「破綻の理由は後任の佐藤容疑者にある」と話した。しかし捜査関係者は「買収劇の混乱と資金流出が破綻の引き金になった。再建どころか会社を潰し、社員と家族を路頭に迷わせた責任は大きい」と話す。
社長退任後もジャスダック上場企業の買収工作に加わった篠原容疑者。しかしこの企業も昨年8月に経営破綻し、買収は実現しなかった。自慢の自宅も競売で失った。
12日午前7時15分ごろ。篠原容疑者は自宅から報道陣を避けるように捜査車両に乗り込んだ。自らをビル・ゲイツ氏になぞらえた男の面影はなかった。
毎日新聞 2011年1月13日 東京朝刊