2012.3.7 11:21 (1/3ページ)[放射能漏れ]
すべての日本人が、この番組を観たほうがよさそうだ。福島第一原発の事故直後の舞台裏を描いた、アメリカのテレビ局PBSのドキュメンタリー「Frontline: Inside Japan's Nuclear Meltdown」。先月、2月28日に放映されたものだが、ネットで無料で閲覧可能だ。英語のみの放送だが、ぜひ観てほしい。
すべての日本人が、この番組を観たほうがよさそうだ。福島第一原発の事故直後の舞台裏を描いた、アメリカのテレビ局PBSのドキュメンタリー「Frontline: Inside Japan's Nuclear Meltdown」。先月、2月28日に放映されたものだが、ネットで無料で閲覧可能だ。英語のみの放送だが、ぜひ観てほしい。
東日本大震災から5カ月がたった今も、東京電力福島第1原発事故に伴う住民の避難は続いている。3月20、21日に行われた同原発の冷却作業には、航空自衛隊小松基地の隊員7人が参加した。「恐怖はなかった。子どもたちの未来を守りたかった」。同基地の小隊を指揮した吉良圭介管理小隊長(当時小隊長)(32)と工藤弘曹長(47)が、決死の2日間を振り返った。
福島第1原発4号機は、水素爆発で建屋の屋根が吹き飛んで鉄骨がむき出しになり、もくもくと水蒸気が噴き上がっていた。建造物の巨大さは、新聞やテレビで見るのとは比べものにならないほど圧倒的だった。「東日本全体がどうなるのか分からない」。吉良小隊長は、ことの重大性をあらためて痛感した。
放水に当たったのは小松基地の基地業務群施設隊消防小隊員7人。大型破壊機救難消防車に乗り込み、無心で放水した。10トンの水が1分半でなくなった。見た目には、どれほどの効果があるのか分からなかった。
放射線の吸収を抑えるというヨウ素剤を服用した。防護マスクに防護衣、鉛のベストなど、分厚い装備の総重量は数十キロにも及んだ。できる限りのことはしたが、初めての任務であり、放射能は見えない。
それでも吉良小隊長、工藤曹長は「恐怖はなかった」と口をそろえる。「20年、30年後も子どもたちが(震災前と)同じ景色を見られるように頑張ってきてと、妻は言ってくれた」と吉良小隊長。日本を守る使命感が、自分たちを支えた。
「もう一度行けと言われれば行く。できることがあれば何でもする」。4号機の無残な姿。原発に向かう道中で目にしたゴーストタウンのような街。大震災が残した爪痕は、吉良小隊長と工藤曹長の目に今も焼き付いている。
福島第一原発では、東京消防庁による放水作業が現在も続いています。19日未明の放水にあたったハイパーレスキュー隊の隊長らが会見し、現場の様子を語りました。
ホース延長作業をした高山幸夫総括隊長:「(Q.大変だったこと)今回は目に見えない敵と戦う恐怖心もあった。いかに隊員を短い被ばく時間で活動させるか、細心の注意を払った。仲間のバックアップがあったからこそ、任務が遂行できた」
現場で指揮を執った佐藤康雄警防部長:「(妻に)『福島原発に出動する』とメールしたところ、『日本の救世主になってください』という1行がメールで返ってきた」
現場で活動方針を決めた冨岡豊彦総括隊長:「隊員は非常に士気が高いので、皆、一生懸命やってくれた」
北沢防衛相は17日午後1時50分頃、東京電力福島第一原子力発電所3号機への自衛隊ヘリによる冷却水投下について、「きょうはヘリからはもう行わない」と述べたうえで、警視庁第一機動隊の高圧放水車が放水作業を行った後、自衛隊の消防車両が作業に当たることを明らかにした。
菅首相と面会した後、首相官邸で記者団に答えた。
(2011年3月17日14時22分 読売新聞)