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2014/02/03

バチカン図書館で江戸初期のキリシタン関係史料を発見 

江戸時代のキリシタン禁制史料1万点 バチカンの図書館で発見、公開へ

2014.2.3 09:17
  カトリックの総本山バチカンの図書館で、江戸時代のキリシタン禁制に関する史料約1万点が見つかった。1932年から50年に大分県を拠点に活動したイタリア人神父が集めた臼杵藩(現大分県)などの文書群で、世界的にも厳格だった近世日本のキリスト教弾圧の研究が深まりそうだ。

 これほど大量のキリシタン文書群が確認された例はないという。日本の研究チームとバチカンが合同で調査や史料整理を進めている。インターネットでの史料公開も目指す。

 文書群は2011年、バチカンの図書館の改修時に見つかった。教会関係者から連絡を受けた大分県立先哲史料館(大分市)の職員が現地を訪問、大分の教会にいたサレジオ会の宣教師マリオ・マレガ神父(1902~78年)が集めた文書群と確認した。

 戦前、戦後の混乱期に処分されそうになった個人蔵の古文書などを集め、イタリアに送っていたとみられる。

 史料は藩が幕府や長崎奉行所と交わした文書などで、禁教が強化された江戸初期のものが多い。改宗した「転びキリシタン」の子孫が埋葬されたことを村の役人たちが藩に報告した文書もあり、改宗者の親族も徹底した監視の対象としたことがうかがえる。




2009/04/09

南蛮貿易と日本人奴隷

日本人奴隷の謎を追って=400年前に南米上陸か?!

「南米日本人発祥の地」は一八〇三年にロシア船に乗ってフロリアノーポリス港に到着した若宮丸の四人――とのイメージが強いが、史実をたどると、どうやらそうではないようだ。それよりも遙か以前、今から四百年以上も前に南米の地を踏んだ日本人の記録が残されている。日本とブラジルとの歴史的関わりを考える上で、ポルトガル(中世「南蛮」と称された)は欠かせない国だ。この三国関係を軸に、改めて日伯の歴史を俯瞰し、カトリック布教と大航海時代という背景の中で、日本人が四百年前にブラジルに来ていた可能性を検証してみた。将来を見通すには、その分、過去を知る必要がある。百年の歴史から日系社会の将来を考えるより、より長い歴史の中から日伯関係を俯瞰することで、日系社会の二百年後、三百年後を構想するアイデアの一助にならないだろうか。(深沢正雪記者)



連載(1)=亜国に残る裁判書類=1596年に売られた日本人

連載(2)=「小家畜か駄獣のように」=手足に鎖、舟底につながれ

連載(3)=ペルーに20人の記録も=実は南米で一般的だった?

連載(4)=中国、韓国人奴隷も?=イエズス会と東方貿易

連載(5)=売り渡したのも日本人=晴天の霹靂、驚愕する秀吉

連載(6)=50万人説は本当か?=乱暴な計算と怪しい根拠

連載(7)=キリシタン浪人との説も=下克上の世を疎み出国か

連載(8)=ポルトガルからオランダへ=政教分離進む新教に軍配

連載(9)=民族絶滅の亡霊が徘徊=今も残る慶長使節の末裔

連載(10・終)=ポルトガルに〃日系人〃?!=奴隷解放で再び日本人登場


http://www.nikkeyshimbun.com.br/2009rensai-fukasawa3.html