カブトデコム、解散へ=拓銀破綻の主因-負債5061億円
東京商工リサーチによると、建設・不動産開発のカブトデコム(札幌市)は28日、臨時株主総会を開いて会社解散を決議した。旧北海道拓殖銀行から巨額の融資を受けてリゾート事業を進めたが、バブル崩壊で経営が悪化。1997年11月の拓銀破綻の主因となった。負債総額は5061億円。今後、特別清算を申請する予定。
カブトデコムは71年、兜建設として設立され、88年に現在の社名になった。ホテルエイペックス洞爺(現ザ・ウィンザーホテル洞爺)を建設するなど事業を拡大。同ホテルは北海道洞爺湖サミット(主要国首脳会議)の会場ともなった。(2013/02/28-13:27)
http://www.jiji.com/jc/c?g=ind_30&k=2013022800429
東京商工リサーチ
公開日:2013.02.28
カブトデコム(株)
[北海道] 建設・不動産業特別清算申請へ / 負債総額 約5061億円
~臨時株主総会で会社解散を決議~
カブトデコム(株)(TSR企業コード:010016090、札幌市西区平和2条6-1-1-305号、設立昭和46年4月、資本金1億円、代表清算人:安田好弘氏)は2月28日、臨時株主総会を開催し会社解散を決議した。清算人には安田好弘弁護士(港合同法律事務所、東京都港区赤坂2-14-13、電話03-3585-2331)が選任された。今後、特別清算を申請する予定。
負債総額は約5061億円(平成24年9月中間会計期間末時点)。北海道ではたくぎん保証(株)の6108億円、たくぎん抵当証券(株)の5391億円に次ぐ、歴代3番目。
兜建設(株)の商号で設立された建設工事業者。昭和63年9月に現商号のカブトデコム(株)に変更した。旧・北海道拓殖銀行(以降、拓銀)のベンチャー企業に投資するインキュベーター路線の枠組みにより、同行の全面的な支援のもとホテル、マンションの建設や転売で急成長を遂げ平成1年3月には店頭市場に株式を公開した。リゾート事業にも進出し、海外のリゾート会社を買収したほか、ホテルエイペックス洞爺(現:ザ・ウィンザーホテル洞爺)を建設するなど積極的な事業展開でピークとなった3年3月期には1009億円の売上高を計上していた。
しかし、一方で拓銀の支援を背景とする急成長により借入金の増大を招き、バブル景気が崩壊すると不動産市況が急速に縮小。拓銀による支援も打ち切られたことで、6年3月期には売上高は258億円にまで落ち込み、1434億円もの当期損失を計上し債務超過に転落した。以降、売上は後退を余儀なくされ、毎期多額の赤字を計上し債務超過額は拡大する中、9年11月、拓銀は経営破綻し同社との緊密な関係に終止符が打たれた。
14年に拓銀から債権を引き継いだ整理回収機構との間で、約4000億円の負債のうち51億9724万円に対して、22年9月を最終期日とする分割返済を行うとの合意がなされた。返済原資は米国子会社が所有する資産の運用益としていたが、20年のリーマン・ショックの影響を受け、子会社の経営も厳しさが増したことで合意した返済が滞っていた。
このため、今後の改善の見通しが立たないとして臨時株主総会により解散が決議された。
「バブルの象徴」幕引き、カブトデコム解散 参加株主は十数人
2013/3/1 2:30旧北海道拓殖銀行破綻の要因となった建設・不動産開発のカブトデコム(札幌市)が2月28日、札幌市内で臨時株主総会を開き、解散を決議した。参加した株主は十数人にとどまり、会場内はまばら。かつて拓銀と二人三脚でリゾート開発を進めて急成長した「バブルの象徴」が幕を引いた。
佐藤茂氏が1971年に設立した兜建設が前身。拓銀の融資を受け、リゾート開発やマンション建設で急拡大、93年には約700億円を投じてホテルエイペックス洞爺(洞爺湖町、現ザ・ウィンザーホテル洞爺リゾート&スパ)を開いた。バブル崩壊に伴う不動産不況で経営に行き詰まり、多額の債務を抱えていた。負債総額は5061億円(12年9月中間期)で道内では過去3番目の額。
28日午前に札幌市内のホテルで臨時株主総会を開いた。賛成多数で解散を決議。清算人には安田好弘弁護士を選んだ。創業者の佐藤茂会長は欠席。参加者によると、平田英二社長が解散理由として、唯一稼働している米不動産子会社の経営がリーマン・ショックで悪化、債務の返済が困難になったと説明した。謝罪の言葉はなかったという。
総会後、会場の外では株主の男性(58)が「米子会社の経営実態が不明。あれだけの出資を集めておいてこの程度で幕引きを図ろうとしている」と話した。