東京電力福島第1原発事故について民間の有識者でつくる「福島原発事故独立検証委員会」(民間事故調、北沢宏一(きたざわ・こういち)委員長)は27日、事故当初の官邸の対応について「泥縄的で、無用な混乱により状況を悪化させる危険性を高めた」とする報告書をまとめた。
菅直人前首相ら官邸で対応に当たった政治家や専門家らから事情聴取。原子力災害対策マニュアルが想定しない地震・津波との複合災害に対し、省庁や事業者による役割分担を飛び越えた官邸の介入を批判。3号機への注水について、官邸で淡水を優先すべきとの意見が出たのを受け、現場でつくっていた海水注入ラインをやり直した例を挙げ「作業を遅延させた」と指摘した。
そうした状況を、官邸中枢チームのメンバーは「(子どものサッカーのように)一つのボールに集中しすぎた」「場当たり的」と述べたという。
報告書によると、福山哲郎官房副長官(当時)は災害対策について「細かいマニュアルを当時知らなかった」と述べるなど、チームは基礎的知識に欠けていた。
菅首相は、トップダウン型で強い個性を発揮する半面、組織の指揮系統を通じた情報に不信を抱き、個人的アドバイザーに頼っていたと記述。
地下の危機管理センターで携帯電話が使えない問題があったとして、改善を求めた。
発生2日目の昨年3月12日に1号機の原子炉建屋が水素爆発したが状況確認できず、枝野幸男官房長官(同)は情報のない中、記者会見であいまいな答えに終始。民間事故調に対し「あのときほどつらい記者会見はなかった」と話したという。
放射性物質の飛散が増えた昨年3月15日は、住民避難の観点から「運命の日」と指摘。緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム(SPEEDI)を避難に活用できなかった国の失態を批判し「原発を維持し、住民の安心を買うための『見せ玉』にすぎなかった」と記した。
報告書は、米原子力規制委員会(NRC)が、2001年9月の米中枢同時テロを機に作成した「原子力施設に対する攻撃の可能性」を08年までに少なくとも2回、日本側に示したと紹介。原発の防護を厚くするきっかけになり、事故対応に役立つ可能性があったが生かせず「規制当局の重大な不作為」と批判した。
民間事故調は、政府や国会に設置された事故調とは独立した立場から、互いに補い合う調査を目的に掲げている。
民間事故調:福島第1原発 官邸初動対応が混乱の要因
東京電力福島第1原発事故を調査してきた民間の「福島原発事故独立検証委員会(民間事故調)」(北沢宏一委員長)は27日、菅直人首相(事故発生当時)ら官邸の初動対応を「無用な混乱やストレスにより状況を悪化させるリスクを高めた。場当たり的で、泥縄的な危機管理」と指摘する報告書をまとめた。官邸の指示が事故の拡大防止にほとんど貢献しなかったと総括。緊急事態の際の政府トップによる現場への介入を戒めた。
民間事故調は、科学者や法曹関係者ら6人の有識者が委員を務め、昨年の9月から調査していた。東電側は聴取を拒否した。
報告書によると、原発のすべての電源が失われた際、官邸主導で手配された電源車が、コードをつなげず現地で役に立たなかった。枝野幸男官房長官(同)は「東電への不信はそれぐらいから始まっている」と、事故当日から東電への不信感が政府側に生まれていたと証言。報告書はこうした不信感が、官邸の現場への介入の一因になったと分析した。
原子炉格納容器の圧力を下げるため気体を外に出す「ベント」が遅れたことについては、東電が現地の住民避難の完了を待っていたことや電源喪失が原因だったと指摘。「官邸の決定や経済産業相の命令、首相の要請がベントの早期実現に役立ったと認められる点はなかった」とした。
1号機への海水注入では、12日午後6時ごろの会議で、注入による再臨界の可能性を菅氏が「強い調子」で問いただし、再検討を指示していた。海水注入は既に午後7時4分に始まっており、第1原発の吉田昌郎所長(同)は官邸と東電本店の中断指示を無視し注入を続けた。報告書は「官邸の中断要請に従っていれば、作業が遅延した可能性がある危険な状況だった」との見方を示した。同時に、吉田氏の行動についても「官邸及び東電本店の意向に明確に反する対応を現場が行ったことは、危機管理上の重大なリスクを含む問題」と批判した。
一方、菅氏が昨年3月15日に東電に「(福島第1原発からの)撤退なんてありえませんよ」と、第1原発にとどまるように強く求めたことについては、「結果的に東電に強い覚悟を迫った」と評価した。
また、菅氏の官邸での指揮に関し「強く自身の意見を主張する傾向」が班目(まだらめ)春樹原子力安全委員長や閣僚らの反論を「躊躇(ちゅうちょ)」させたとの認識も示した。さらに「トップリーダーの強い自己主張は、物事を決断し実行するための効果という正の面、関係者を萎縮させるなど心理的抑制効果という負の面があった」と言及した。【笈田直樹】
◇民間事故調報告書の骨子
・首相官邸の現場介入によって、1号機のベント(排気)などで無用の混乱を招き、事故の悪化リスクを高めた可能性。介入の背景は、マニュアルの想定不備や官邸の認識不足▽東電や保安院への不信感▽被害拡大の危機感▽菅直人前首相の政治手腕など
・01年の米同時多発テロを教訓にした新たな規制内容を未反映
・菅前首相は昨年3月22日、原子力委員会の近藤駿介委員長に「最悪シナリオ」の想定を依頼
・地震当時、原発構内の作業員は「この原発は終わった。東電は終わりだ」と顔面蒼白(そうはく)
・緊急時迅速放射能影響予測システム(SPEEDI)の運用や結果の公表を巡り、文部科学省が原子力安全委員会に役割分担させるなど責任回避を念頭にした組織防衛的な兆候が散見
・航空機モニタリングで、文科省と防衛省の連携が不十分
【ことば】福島原発事故独立検証委員会
東京電力福島第1原発事故の原因などについて民間の立場で検証しようと、財団法人が設立した組織。通称・民間事故調。委員は元検事総長の但木敬一弁護士ら民間人6人。研究者や弁護士ら約30人から成るワーキンググループがあり、菅直人前首相ら政治家や官僚ら300人余りから意見を聴取した。原発事故をめぐっては政府、国会、日本原子力学会なども独自に調査している。法律に基づいて設置された国会の事故調は、証人喚問といった強い権限がある。
毎日新聞 2012年2月27日 22時22分(最終更新 2月28日 10時07分)